インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第33回 菊間 千乃 氏

順調にキャリアを積んでいた放送界から、法曹界に転身した菊間千乃氏。常にチャレンジし続けるそのパワーはどこからくるのでしょうか。氏の人生観などについて語っていただきました。

Profile

33回 菊間 千乃(きくま ゆきの)

弁護士
1972年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。大学卒業後の1995年、アナウンサーとしてフジテレビに入社。バラエティや情報・スポーツ番組などを担当し、マルチに活躍する。2005年、大宮法科大学院大学に入学。2007年12月、司法試験の勉強に専念するためフジテレビを退社。2009年、大宮法科大学院大学修了。2010年9月、司法試験に合格。第64期司法修習を経て弁護士となる。弁護士法人松尾綜合法律事務所に所属。労働事件、不動産関連、刑事事件など幅広く手がけている。
著書に『私がアナウンサー』『私が弁護士になるまで』(共に文藝春秋社刊)、『キクマの元気 幸せの生き方レシピ』(講談社刊)がある。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2015年1月)のものです。

心を開いて話を引き出す

弁護士の仕事は様々な業種を対象としているので、毎日が社会科見学のようです。弁護をするにはその業界のことを理解していないといけませんし、自分の中にたくさん素養を蓄えておかないと、相手から必要な話を引き出すことはできません。アナウンサーをしていたときから20年間ずっといろいろな方にお会いしているので、話を引き出すスキルは年々磨かれていると思います。アナウンサーになりたての頃はどうしたらいいのか何もわからず、まずは好きな先輩のやり方を真似てみようと思いました。先輩が出ている番組をすべてチェックし、話し方や相槌を入れるタイミングなど研究しました。まったく同じようにはできないので、真似ていくうちに自然と自分の型ができてきました。どんな仕事も真似るところから始まるのかもしれないですね。

アナウンサー経験は、弁護士の仕事に役立っていると思います。弁護を依頼するということは、自分の一大事を任せるということです。何年かに渡ってチームを組んで戦いますから、自分の弁護士を信頼できなかったら最後まで一緒に戦い抜くことはできません。私の場合、テレビを通してではありますが、どんな人間か知られていますし、本を読んでいただいた方には、私の価値観もわかっていただけます。その分依頼者の方が、この人は一体どんな弁護士なのだろうという警戒心をあまり持たずにご相談に来てくださるというか。そういう点では、他の弁護士より依頼者の方と早く打ち解けられるのではないかなと思います。弁護活動は、すべてを知ることから始まります。相手にすべてを話していただくためには、まず自分自身が心を開かないといけないので、依頼者と話をするときは「何でも聞いてください」という感じでいつも心を大きく開いています。アナウンサーも弁護士も、人と人が対峙する仕事という点では同じだと思います。

周囲の言葉や数字に惑わされない

本を出してから、転職セミナーなどでの講演依頼をいただくようになったのですが、私は転職を積極的に勧めることはしません。まずは今の会社で一生懸命頑張ることを考えた方がいいと思います。覚悟がある人は、私が背中を押さなくても自分から行動を起こします。そういう人は自分の意思で行動しているので、失敗しても言い訳しません。行動を起こさない人ほど、行動する人を非難するものです。フジテレビを辞めるとき、応援してくれる方がたくさんいた一方、絶対に失敗すると言っていた人もいたと聞きました。でも、自分の人生の舵を自分で切った結果の退社でしたので、それに対する周囲の評価は、私にとっては特段意味のあるものではありませんでした。

また、どのロースクールだと合格率が何%、30歳を過ぎて受かる確率は何割といった数字も気にしないことです。確率は過去の統計でしかありません。2%しか受からない大学でもその2%に入ればいいという風に、いつも考えています。それよりも自分の価値観や気持ちを信じた方がいい。それでたとえ失敗をしたとしても、失敗したことで見えてくることはたくさんあります。数字に惑わされて行動することを諦めるという後ろ向きの姿勢はやめたほうがいいです。きっと数年後、どうしてあの時に動かなかったのだろう、10年前に戻りたいなどと後悔ばかりする人生を歩むことになります。動こうと思えば動けばいい。動かないと決めたのであれば、動かない。自分の選択に自信を持ち、その選択に従って突き進む。それだけのことです。

プライドは取り払おう

私は33歳でロースクールに入学しましたが、何かにチャレンジするのに年齢は一切関係ないと思っています。プライドを取り払えば、何歳からでもどんなことでも始められ、いろいろなことを吸収できます。「わかりません」と素直に表現できる人は、吸収する力が高いと思います。わかっていますと言う人にそれ以上のことを教えようとは思わないけれど、わからないから教えてと言う人には、何でも教えてあげようと誰もが思います。わからないと言える人は、吸収する速度や、情報をキャッチしようとするアンテナの張り方が違います。「今さらそんなこと聞けない」と考えず、聞こうと行動することが大切です。

皆さん理想とする自分があって、本当の自分とのギャップを埋めようと背伸びをするから無理が出てくる。自分の今のレベルを認めたら楽になるし、プライドもなくせます。自分はこの程度の人間だと卑下するのではなく、少なくともここまではあると自信を持つことです。自信というのは、「私はすごい」ではなく、今の自分をありのまま受け入れることだと思います。もしかしたら、受け入れることが怖いから背伸びしてしまうのかもしれませんけどね。

弁護士としての信条

弁護士として一番大切にしていることは、依頼者の言葉を良く聞き、私が判断をしないということです。判断するのは裁判官の仕事、弁護士は依頼者の代理人です。新人の頃はその事で悩みました。初めて担当した刑事事件は、詐欺事件。前科10犯以上のいわばベテラン被疑者でした。刑事手続きや、捜査の肝などについても私より詳しくて。詐欺事件は騙そうという意図があったのか、という点の立証が難しいんです。結局処分保留で釈放されましたが、留置場を出るとき、「本当に騙していないのなら、ちゃんとお金を返してくださいね」と伝えました。住所不定、無職の方だったので、釈放されたらそれっきり、連絡も途絶えるだろうなと思っていました。ところが、それから、「今月は体調を崩して、働けなかったから返せない」とか、「仕事は決まったが、別の借入先とトラブルがあって返せない」などと毎月1回くらいのペースで事務所に電話がかかってくるようになりました。返す気もないだろうに、何で電話してくるのだろうと思っていたら、半年くらい経った頃、突然、お金を持って事務所に来てくれました。検察は、起訴しても公判を維持するのが難しい(証拠が乏しい)ということで処分保留にしたのですから、そのままお金を返さないで、逃げようと思えば逃げられたわけで、これにはとても驚きました。

もしかしたら本当に騙す気はなかったのかもしれないし、お金が用意できなかった理由も本当だったのかもしれません。その時に、前科何犯だからなどの先入観で、この人の言っていることは嘘だとか、私を騙そうとしているかもなどと判断してはいけないなと思いました。まずはとにかく依頼者の言葉を信じること。話をしていく上で矛盾が生じたら、何回も話し合うことが大切なんだと思います。心を開いて。

弁護活動に、これという正解はないと思います。一つひとつが異なった事件です。同種事件ではあっても同じではない。依頼者1人1人が抱えているバックボーンは違いますし、もちろん感情も異なります。結果が同じでもそこに至る経緯が違えば、弁護活動も違ってきて当然です。まさにオーダーメイドの弁護活動ですよね。あなた(依頼者)と私(弁護人)のチームで築き上げていくものです。弁護士業はロボットなどにはできないんじゃないでしょうか。人間の感情は複雑で、何でもかんでも合理的に判断して解決できるということではないからです。

楽しいときこそ次の準備を

子どものときに読んだイソップ寓話の『アリとキリギリス』が、今でも印象に残っています。楽しいことは長く続かない。楽しいときにその楽しさを持続させる準備をしておかないと、いつか終わりが来てしまう。人生をロケットに例えると、軌道に乗っている間に次の発射準備をしないとその先には行けません。ロケットを次々と発射させてステップアップしている人は、勢いよく飛んでいる間に必ず陰で努力をしています。私は今、毎日がとても楽しい。だからこそ危機感を持っています。今の良い状態をさらに伸ばすには何をしたらいいか、常に考えています。苦しいときに頑張るのは当たり前。楽しいときこそ次に向けて頑張ることで、2段階も3段階も先に進めるのではないでしょうか。

成功するとかしないとか、周囲からの評価を得ようということではなく、自分が自分の人生を楽しくするための努力です。明日の楽しさのために今できることは何だろうと考えるのは、臆病だからかもしれません。臆病だから準備を念入りにして、思い切った行動を起こせる。準備している土の中でいろいろなことを考えているから、芽が出た瞬間に勢いよく飛び出すことができるんだと思います。

杉山さんと初めてお会いしたのは昨年末のゴルフコンペでした。
それから1週間後くらいには、今回の対談のお話を頂いて。一期一会を無駄にしない、まさに「行動する人」だなぁというのが第1印象でした。ご著書を読んでも、話をしても、似ている、そうそう、ということがたくさんあってわざわざ言葉を発する必要はないんじゃないかという対談でした。世の中に対するアプローチの仕方は違っても、根本が一緒なんでしょうね。同じ匂いがしました(笑)

弁護士 菊間千乃

 

僕は菊間さんのように、チャレンジしている方が好きです。菊間さんは、常に次の動きを考えて準備し、行動しているということが著書からもお話からも良くわかりました。新しいことにチャレンジするのは勇気がいりますが、チャレンジしなければ後悔することもできないと思います。 今回、僕がいつもお世話になっている先輩がきっかけで菊間さんとお目にかかり、インタビューが実現しました。人との出会いで起こる様々な化学反応は、やはり行動することから始まるのだと思います。あっという間の楽しいインタビューでした。

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2015年1月 松尾綜合法律事務所にて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝