インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第25回 木村 周一郎 氏

銀座・木村屋總本店六代目社長の長男として生まれながら、本場のフランスパンを日本で広めるため、木村屋からの援助を全く受けずに厳しい起業の道を選んだ木村周一郎氏。"メゾンカイザー"を現在、直営店国内22店舗、海外4店舗を展開するにまで成長させた、氏のパンに対する熱い想いを伺いました。

Profile

25回 木村 周一郎(きむら しゅういちろう)

株式会社ブーランジェリーエリックカイザージャポン 代表取締役
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、千代田生命保険相互会社(当時)に入社し、法人営業を担当する。27歳のとき、パン作りの修業のため退社。アメリカ国立製パン研究所にて発酵と製パンを学ぶ。ニューヨークの製パン店勤務を経てフランスへ渡り、エリック・カイザー氏のもとで修業を積む。2000年9月、カイザー氏のパートナーとして会社を設立。フランス伝統のパンを提供する“メゾンカイザー”をオープンする。単にパンを製造販売するだけでなく、“パンのある幸せな食卓、パンのある素敵な生活”をコンセプトに、パン業界全体の発展に尽力している。

※肩書などは、インタビュー実施当時(2013年9月)のものです。

フランスパンの歴史

 日本にパンが本格的に入ってきたのは戦後です。戦前、戦中のパンといえば海軍食でした。戦艦の中でかまどでご飯を炊いていましたが、戦場では衝撃でかまどの火が飛び散って火事になることもある。そこでご飯の代わりになるお腹を満たすものというところからパンが登場し、乾パンが生まれます。そして戦後、GHQが盛んにパン食を推奨し広がっていきました。その頃、フランスパンも日本に入ってきます。

パンは5000年ある歴史の中で、大きな変革が2回あります。昔は、小麦と水を練ったものを足で踏んでいました。しかし、フランス人は朝起きてから夜寝るまでずっと靴を履いているので実は結構不衛生。衛生上の問題から、ミキサーを使ってこねるようになったのがまず大きな変革です。もう一つは、パスツールによって発酵がイースト菌の生理作用であることがわかったことです。イースト菌は補助剤として使われ、パン屋はそれぞれ独自の発酵方法でパンを作っていました。ところが第二次世界大戦で農民が兵隊に駆り出され、慢性的な小麦不足になります。そのため、床に落ちた粉までも集めて、もう1回練り直す作業をします。そうしてできるのは埃で黒くなったパン。少ない小麦の量でみんなが食い繋がないとならないため、イースト菌を大量に入れて水増しする技術が生まれました。戦争が終わり、小麦が収穫できるようになっても、製造効率が良くて儲かるので、イースト菌を使ったパン作りがフランス中に広まってしまった。その技術が今、日本でも主流になっています。それに異論を唱え、風味も味も良い天然酵母に回帰した製法で高い評価を得たのが、エリック・カイザー氏です。

その後の進む道を変えたフランスでの修業

 いずれは家業を継ぐつもりでいましたが、大学卒業後、社会勉強のために生命保険会社に就職しました。そして6年後、当時はパン業界全体が煮詰まっていた時期でした。マーケットに迎合して菓子パンばかりを作るお店が多く、それまでにない新しいパン屋が出てくることはなかった。競争相手はコンビニで、死ぬほど働いても全然利益が取れない。頑張っている人が報われない夢のない業界では先細りしてしまう。そこで”日本パン菓子新聞”の会長を中心に、パン作りのエリート教育というか、専門教育を施したらどうなるかやってみようという話になったんです。そのとき血統的にあいつだよねと。僕としても、日本のパンの歴史を背負っているお店の長男なので断る理由はなかった。

まずは日本で職人の心構えなどを習い、アメリカの国立製パン研究所にて理論を学び、ニューヨークでパン職人として働いて一旦帰国。そして、フランスでの研修ツアーに参加する形で渡仏し、エリック・カイザー氏のもとで修業を積みます。
フランスではフランス語ができないというだけでいじめられました。見返すには自分の立場を相手より上にするしかない。年齢は関係のない世界ですから、目の前にいる一つ上の人を抜かすため、その人が週休2日取っている間に、僕は週休1日にして死ぬほど頑張っていると、あるとき立場が逆転する。そうやって一歩一歩ステップアップしていきました。カイザー氏とは、彼が日本でプロ向けのパン教室をやることになったとき、ちょうど僕もビザの関係で一度帰国しなくてはならず、アシスタントとして同行しました。その際、彼の要望に添ったホテルの手配やきめ細かいアテンドをしたことがきっかけで、パンやお店の構想などいろいろな話をするようになり、信頼関係を築くことができました。

日本では包装やお店のインテリアが違うだけで、売っているパンはどこも同じようなものです。ファッションの流行カラーのように、今年はメロンパンとなるとどこもかしこもメロンパン。自分も同じことやるんじゃロイヤルティーを払うのがもったいないでしょう?だから本場のフランスパンで勝負したかった。日本人は噛む力が弱いので柔らかいパンしか売れない、フランスパン専門店は無理だと言われる中で、木村屋の長男として絶対に失敗は許されない。ここで生命保険会社での営業経験が生きます。パン屋は従来待ち受け型の商売ですが、僕は売れないなら売りに行けば良いという感覚で、積極的に売り込む手法をとりました。カイザー氏から「エリック カイザーが27年やってきた中で、パンを売ることが一番上手だ」と言われ、これは嬉しい驚きでしたね。

メゾンカイザーのコンセプトを具現化する新店舗

パン屋がパンだけを作って売っていては、いずれビジネス展開に限界が訪れます。ライフスタイルの中にどうやってパンを組み込んで売ってくか、といったところまで踏み込まないとパン業界の発展は望めません。パンのある素敵な生活をどうやってお客様に売るのか。10年の構想期間を経て、その考えを形にしたのが、高輪本店に2013年9月20日オープンした『グリル&バー』です。ここは、ランチタイムはパリパリに焼いたチキンのサンドイッチや、死ぬほど美味しいハンバーガーを提供する、とにかくサンドイッチが旨いお店。アフタヌーンはうちで作っているタルトやアイスクリームを提供。夜は、パンが食べ放題で、目の前のグリルで焼いたものをつまみながらお酒を飲むことができます。フランスパンを日本の食卓に普及させていくには、フランスパンがあることでこんなに食卓が豊かになる、生活が楽しくなることを広く伝える必要があります。そのためのデモンストレーションスペースとなるのがこのお店です。

パンはテーブルの上では脇役。脇役が主張すると格好悪くなってしまう。だからといって、スープやシチューのお店を作ってしまったら粋じゃない。食べ物に対する哲学、食卓に対する文化がお店にあれば、ここからいろいろなパンのある生活スタイルが創出されて、パン業界全体が活性化していくでしょう。

パンを軸に食文化の展開を思い描く

自分一人で仕事はできません。うちで言えば、サービススタッフ、パン職人、材料生産者、運送業者。パンに関わるあらゆる職種の人たちと、買ってくださるお客様がいて仕事として成り立っています。上司と部下の関係や、お客様と製造側という関係もあるけれど、そういうものを全部外して、関わりを持った人たちみんなをいかにして幸せにしていくか。そのために、マンネリ化しないよう常に面白いことを考え、関わった人たちを幸せにできる店作りや組織作りをしていかなくてはと考えています。

今、進めている “ローカーボブレッド”の開発もその一つです。糖尿病の方が一日に摂取して良い炭水化物の量は120gです。患者さんが美味しく食べられて、しかもローカーボ。なかなか難しい課題ですが、やり甲斐があります。また、JALの機内食にうちのパンが使われています。それが美味しいと評判になり、搭乗率が上がったそうです。このように、ベーカリー、パティスリー、カフェ、レストラン、飛行機に乗って空も飛んで、さらには病院食にもなるかもしれない。パンを軸に考えていくと、脇役のパンがいろいろな分野と組める可能性が広がります。

日本は経済社会として成熟しています。経済社会として成熟してないときは、信用が欲しいからみんなブランドに飛びついた。フランスは成熟しているようで、特にパリは成熟していない部分も混在していて、例えばシャルキトリをつまみながらワインを飲むことがお洒落なスタイルになりにくい。それがスマートに映し出される土壌が、今の東京にはあります。パン屋がパンだけを売っていては、業界の進化は望めない。東京ならではの食文化を上手くパンにマッチングさせることが、パン屋の仕事の面白さじゃないかと思っています。

メゾンカイザーのパンは天然酵母で明らかに香りが違って美味しく、数年前から食べていました。最近サーフィンを始めたのですが、ある日先輩に誘われて海へ行った時、一緒だったのが木村周一郎さんでした。自分が大好きなパン屋さんの社長に、偶然にもお目にかかれた驚きと興奮で、車での往復5時間くらいずっとしゃべり通し。経営哲学やいろいろな話をしてすっかり意気投合し、今回インタビューにご登場いただくことになりました。

木村屋の長男でありながら一切援助を受けずに起業し、事業展開している周一郎さんを、同じ経営者として尊敬しています。また、パワフルな経営者でありながら、プロのパン職人でもあり本当に格好いいと思います。自分の信じる道を進み、常に次の展開の準備をしているチャレンジ精神は、インタビューを通じて僕にも伝染しました。

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2013年9月 メゾンカイザーグリル&バー(高輪本店隣)にて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝

メゾンカイザー高輪本店『グリル&バー』

メゾンカイザーが提案する、”パンのある素敵な生活”を楽しめる新しいスタイルのお店。是非一度足を運んでみてください。

営業時間 平日 11:30〜22:00(LO)
ランチタイム 11:30〜14:00
バータイム 17:00〜
土日祝日 11:30〜18:00(LO)
*終日イートインのみ。
住所 東京都港区高輪1-4-21 [MAP]
席数 カウンター12席