インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第35回 松永 暢史 氏

30万部を超えるベストセラー『男の子を伸ばす母親は、ここが違う!』の著者、松永暢史氏をお迎えした第35回。人間性を育てる教育についてのお話を中心に伺いました。

Profile

35回 松永 暢史(まつなが のぶふみ)

教育環境設定コンサルタント | V-net教育相談事務所所主宰
1957年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。音読法や作文法、サイコロ学習法といった様々な学習法を開発し、教育コンサルタントとして講演、執筆活動を行っている。教育や学習の悩みに答える、教育相談事務所V-net主宰。著書は、『男の子を伸ばす母親は、ここが違う!』(扶桑社刊)、『男の子は10歳になったら育て方を変えなさい』(大和書房刊)、『結婚できない男は12歳までにつくられる!』(ワニブックス刊)、『ガミガミ言わずに子どもに勉強させる方法』(PHP文庫刊)、『ひとりっ子を伸ばす母親、ダメにする母親』(アスコム刊)、『将来の学力は10歳までの「読書量」で決まる!』(すばる舎刊)など多数。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2015年4月)のものです。

天職だった家庭教師

私はこれまでに、一度も会社勤めをしたことがありません。それは、18歳のときから家庭教師をしていて、初任給が12万円くらいだった大学4年生当時ですでに月30万円以上の収入を得ていたことが理由の1つです。家庭教師は天職でした。私は多動性のADHDなので、大人数でまとまっていることにどうしても違和感を感じ、教室で他の生徒と一緒に学ぶことができません。では、授業を聞けなくても勉強するにはどうしたらいいか。集団での学習に違和感がある子どもでも勉強できる方法として、一対一で習うというのがあります。私も、周囲に教えてもらえる人を見つけて個別に勉強していました。その経験があるので、自分が家庭教師として教える立場になると、相手がどんなことでつまずいているかなどすぐに見抜けてしまうのです。つまり、子どもはどのように指導すれば成長するか、大学生の時点で体得してしまったのです。そうなると次は、勉強ができるようになるメソッドの開発へと進み、教育相談事務所開設と自然な流れで今日まできました。

実は自分がADHDだとわかったのは、そうした症状のある子どもの相談が増えていろいろ調べたところ、それがまるで子どもの頃からの自分のことだったからです。子どもの頃に自分がADHDだとわかっていればどんなに良かったか。落ち着きがないのではなく、落ち着こうとしても落ち着けない。自分からどんどん勉強していくタイプなので、集団での学習に向いていないことを教えてもらっていれば、気持ちが楽になっていたと思います。だから今、ADHDやアスペルガーの子どもたちには、「最初から個性を持って生まれているから、個性の追求は必要ない。あとは磨くだけだ」と話しています。多動症というのは、何かに集中している最中に別のもっといいことを思いついてしまい、そちらに興味が移ってしまうのだからどうしようもない。でも、次に何をするべきか思いつく多動症の人がいなかったら、人類の発展は絶対になかったと思います。

味覚を育てて感受性を培う

教育の柱となるのは、まず好奇心と追体験です。「なぜ?」と好奇心を持ったことに対し、自分から行動して調べる。これを追体験といいます。それから感受性。これは、感受したことによる心情を表現すること。優れた感受性を持っていることは、真の意味での“賢さ”といえるでしょう。今日のお天気の様子や気分についていかに表現できるか。芸術は、自分の心情を表現して自分以外の人に伝えようとします。料理もそうですね。感じた春の空気を、季節の野菜でどんな味付けの料理にしたらその空気を表現できて、美味しく食事を楽しめるか考える。そうやって、感じたことを芸術なり料理なりで自己表現しないと、湧き起こった心情は空振りに終わってしまいます。好奇心を持ったことを追体験し、心情を表現することが重要なのです。「なぜ?」と思って追究していくことは、学問の根本でもあります。「学校の成績に関係ないから」と止めてはいけません。暗記型の勉強ばかりしていると好奇心と感受性を脇に置いておくことになり、ルドルフ・シュタイナー(思想家・哲学者)が言う通り、心が壊滅的な状態になってしまうと感じます。

感受性の元を小さい頃にきちんと家庭で培うには、まず味覚をしっかり育む必要があります。味覚をしっかりさせるにはどうするか。それは、むやみに甘いものを食べさせないことです。特に、泣いている子どもをあやすために甘いものをあげるのは、最もしてはいけないことだと思います。そんなことをしていたら味覚が育ちません。しかも、泣くと甘いものが与えられるという変なクセもつきます。子どもには果物を与えましょう。フルーツには甘さに加えて酸っぱさや、その中間の味があったり、同じ箱に入っているデコポンでも味が一つひとつ異なったりします。その微妙な違いを感じ取ることで、感受性を培っていくことができるのです。

本を読んで言語リテラシーを高める

“人の心がわかる”という感受性は、文学で培うことが可能です。本はただ読むだけでなく、読んだ後に、その本の内容について誰かと話し合うことが大切です。1冊の本を読み、他人と議論をする。その時に、自分が感じたこととはまた違う、深い理解が起こる。あるいはわかっていなかった部分も、話をしてわかることがある。そういう体験は、心の成長に良い影響を与えます。本を読む習慣を身につけるには、リビングに本棚を作って家族みんなの本を置いておき、いつでも気軽に読める環境を作ると良いでしょう。

私は、読書をせず、きちんとした文章が書けるようになっていないのなら、大学へ行く意味がないと思っています。でも現状は、暗記穴埋めと選択問題の試験をパスすれば大学に行くことができてしまいます。大学という場所は、専門家である学者の話を聞いて理解し、彼らが提示するテキストを読んでさらに理解し、わからないところは質問し、その上で自分の考えを文章化できることが前提の高等教育機関です。だから子どもを大学に通わせようと思ったら、18歳くらいまでにその力がつくように育てる必要があります。

大切な感受性を培うには、芸術教育も欠かせません。特に音楽はいいですね。暇なときにテレビやゲームのスイッチを入れるのではなく、人間は本来楽器を手にするべきだと思います。大人になって仲間と飲んでいるとき、誰かが何気なく弾き始めたギターに合わせてもう1人が身近な物を太鼓代わりに叩き、その場に居たみんなが歌い出す。こんな素敵なことないじゃないですか!教育界には、ピアノやヴァイオリンが弾ける子どもを勉強できるように指導するのは難しくないという定説があるくらい、芸術の素養は重要です。

感受性を培い、言語リテラシーを高めることは、90年に渡る人生の“もと”になります。それなのに、小学校4年生くらいから塾に通って詰め込み教育を受けて、壊れる子どもが出ない方がおかしい。問題が起きないとしたら、その子が上手く感情をコントロールできたか、親が上手にセーブしたかだと思います。無理に背伸びして遠くの学校に通うより、その子なりに勉強して入れる近くの学校で十分ではないでしょうか。それが本人にとっても将来的にプラスになると思います。

直感したら即行動

生きていく上で大切にしていることはたくさんありますが、ここでは2つ挙げてみましょう。1つは、ここまでお話ししてきたように、芸術と学問が人間の成長に極めて重要であることを忘れないこと。それは私たち人間が、環境によって誘発された好奇心に従って動く追体験と、環境によって誘発された感情の心情表現の2つを柱に、人間性を高めていこうとしていると考えるからです。もう1つは、できるだけ直感と決断と行動を連続して行うこと。直感したら、できるだけ30秒以内に行動する。3分経ったらもう遅い。こうすると判断したら、すぐに行動する。初めのうちは、早とちりだったり、おっちょこちょいだったりと失敗の連続ですが、これを心がけて続けて行くとだんだん直感力がついてきます。多くの人は、行動に移す前に一旦棚に上げてしまいます。しかし、一度棚に上げたら思いついたことを忘れてしまい、そのうちに直感力が鈍ってしまいます。つまらないところで躊躇しないで、直感と決断と行動ができるだけ連続的になるようにする。まあ2つともなかなか満足がいく状態に至りませんが、大きくこの2つを日々大切にしています。

あたかも目的に向かって急降下するハヤブサのような杉山さんの熱意と勢いに押されるまま、本日のような結果になりましたが、各々業界の最前線にあって活躍される方々が登場されている『私の哲学』に、私のように教育の裏街道を走って来た者が交ざるのはいささか忸怩たるものがあります。株式会社インターリテラシーも実際どういった活動をする組織なのかよく分かりませんでしたが、スタッフが皆善人なことを感じて安心しました。今後も興味を持って見守る所存ですのでよろしくお願いいたします。

教育環境設定コンサルタント 松永暢史

 

3男1女の父親歴12年になりました。24歳の時に長男が生まれてから、親としてどのように子どもと接すればいいのか?親としてどのような教育をするべきなのか、試行錯誤しながら自分なりの感覚を身につけてきました。松永暢史先生の本との出合いは、妻が生協で購入したのがきっかけです。まさに自分が感じていたことそのものが、松永先生の経験則によって教育法として確立されていたので、直感と決断と行動で連絡を取り、インタビューが実現しました。親として学ぶべきことを、きちんと学ぶことがいかに重要かを感じたインタビューでした。「個性を磨く」。これからもそのサポートができるように活動していきます。

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2015年4月 V-net教育相談事務所にて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝