インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第95回 鈴木 秀子 氏

日本にはじめて「エニアグラム(9つの性格タイプ論)」を紹介した、鈴木秀子氏。「平凡な日常に勝る幸福はない」と語る氏に、豊かな人生を送るための心の在り方などについてお話ししていただきました。

Profile

95回 鈴木 秀子(すずき ひでこ)

文学博士 | 評論家
1932年生まれ。東京大学人文科学研究科博士課程修了。ハワイ大学、スタンフォード大学で教鞭をとる。聖心女子大学教授、国際コミュニオン学会名誉会長、聖心女子大学キリスト教文化研究所研究員、聖心会会員。日本全国、海外からの招聘、要望に応えて、「人生の意味」を聴衆とともに考える講演会、ワークショップなどで指導にあたっている。主な著書に『いのちの贈り物 阪神大震災を乗りこえて』(中央公論社)、『子どもをのばす「9つの性格」エニアグラムと最良の親子関係』(PHP研究所)、『生かされる理由 人はなぜ生まれ、どこへいくのか?』(幻冬舎)、『逆風のときこそ高く飛べる』(青春出版社)、『今、目の前のことに心を込めなさい』(海竜社)他多数。

つらさは恵み

私のところには、つらい悩みを抱えた人がたくさん相談にいらっしゃいますが、つらいこと、それは恵みです。渦中にあるときは恵みと受け止められませんが、つらさが過ぎ去って振り返ったとき、あの経験があったからこそということが分かります。ですから、心穏やかに過ごせているときに、つらいことは恵みで、自分が成長していくためのチャンスだと理解しておくといいですね。実際につらいことが起こったとき、それを乗り越える力になってくれます。また、つらい状況にいる人には、そのことをできるだけ理解して、寄り添ってくれる人が必要です。人生が成功する一つには、寄り添える人になれるかどうかもあると思います。 周りからすると立派なお母さんなのに、娘からすると鬼のように厳しい親だという人がいました。お母さんの話を聞くと、全力を尽くして、子どもに愛を注ぎ続けましたと言います。しかし、お母さんは子どもに伝わる言葉で話していなかったのです。子どものために一生懸命頑張っているけれど、「そんなことしては駄目ですよ」と禁止令ばかりで、子どもはいつも叱られ続けていると感じていたのです。 子育ては自分育て。どのような言い方をしたら子どもに真っすぐ伝わるか、親は自分を教育しなければなりません。そして、子どもを心豊かに生きられる人に育てることが、親の務めではないでしょうか。

大いなる存在

私は、幼い頃に経験した終戦によって、価値観がガラリと変わりました。大事にしていたものが全て変わってしまう経験をしたので、変わらないものがこの世の中にあるのだろうかと考え続けました。大親友の曾野綾子さんは子どもの頃シスターに、「誰でも一人一人、大切な人間として作られている。個性は違うけれども、命をみんな平等に与えられている。それが人間の尊厳だ。だから自分の命を大事にしよう」と、絶対に変わらないものがあることを教えられたそうです。 人間を超える大いなる存在を神と呼ぶならば、私たち人間の業の深さ、弱さを知り尽くしていながら許し続けてくれる神がいて、その神とのつながりの中で生きるのが一番幸せだと思います。神とは、常に私たちと共にいて、必要なときに大きな力で助けてくれる、悪いことが起こっても、それを通して良い結果に導いてくださる存在です。その証拠に、神なんて信じないと言う人が突然の危機に直面したとき、「神様、助けてください」と真っ先に言うでしょう。どんな人でも、人間を超える大きな存在によって生かされていることを心の中で知っていて、その存在とつながって生きているのです。 聖書では、「あなたは、神が命をかけて救うほど大切な存在だから、自分を大事にし、まっとうな人間として成長させるように、自分を自分で育てていきなさい。そのために一番役に立つのは、すぐそばにいる、あなたと同じように神の目から見て大切な人に、心を尽くして愛を注ぎなさい。その人が立派な人間として成長していく手助けをしなさい。その人の役に立つことをしなさい」と教えてくれます。 縦軸を神とのつながりとするなら、横軸はそばにいる人。そばにいる人から始めて、遠くのどこかで困っている人、例えば難民のためにできる限りのことをすることが、大事な行いだと思います。

自分の心を明るく

東日本大震災の後、「絆」という言葉が声高に叫ばれました。幾度か訪れた福島の避難所でお年寄りの方たちが、「家族を失ったけれど、家に一人で残っていたらとても生きていられません。避難所で家族を失った者同士励まし合うことで生きていられます」と話されました。人は一人では生きられません。「絆」という言葉に象徴される、目に見えないつながり、心を大事にしながら生き続けること、何も特別なことをしなくても、一人一人を大事にしていくことが大切ですね。 治安が悪かった時代、ニューヨーク市長がタクシー業界に対して「笑顔で機嫌良く接しなさい。お客さんが降りるとき、温かい感謝の言葉をかけなさい」という運動を始めました。運転手さんが、「乗ってくださってありがとうございます。いってらっしゃい」と声をかけると、家を出るときは不機嫌だったお客さんの心が明るくなり、同僚に笑顔であいさつする、そのあいさつを受けた人が部下に優しく接する、明るさが波紋のように広がっていくというんです。世界の平和も、まずは自分の心に平和をつくり、次にそばにいる人、今日接する人にその平和を贈ること、それが人間同士の絆であり世界の平和につながるのだと思います。 何か素晴らしいことが起こり、周りの人が自分の思う通りに動いてくれることが幸せだと考えがちですが、うれしいことが起こったら心の中で感謝する、つらいことが起こったら、それを恵みと受け止めて乗り越えていく。幸せは、自分で自分の心を明るくすること、心の中に幸せを創り上げていく力だと、自覚することから始まります。

死後は至福の世界

私は高齢になったこともあり、体が思うように動かなくなるときがあります。でも、それを嘆くのでも人に頼るのでもなく、現実を受け止める力を育て、どう対応したらいいか判断力を養うことが大切だと考えています。 死ぬことは恐れていません。死は、普段は味わわないような、深いものが心の中に起こることではないでしょうか。それは魂につながっている、本物の自分自身。魂以外のものを全部この世に置いて、本物の自分自身だけが至福の世界に帰ってくことだが死だと思います。海に波頭がキラキラ立って海面にぱあっと浮いているように、一人一人が個性を輝かして海面に浮いている人間の世界から、死ぬと海に還る。それはきっと、至福の世界です。
ひとりひとりが、自分で自分の中に幸せ感を育てることが大切だと改めて感じています。自分が自分のことを幸せだなあと感じると、自然と感謝の心が浮かんできます。そういう人を誰もが好きです。そういう人の周りから、明るさや生きていく意欲が広がっていく。だから立派なことをすることも大切ですが、日常の中に起こってくる一つ一つのことを通して何か人のためになることをし、そういうことのできる自分を喜ぶ毎日を私は願っております。

文学博士、評論家 鈴木 秀子


株式会社イマジンプラスの笹川祐子代表と会食した際に、「エニアグラム(9つの性格タイプ論)」を初めて日本に紹介したシスター鈴木秀子の話題になり、そこから今回のインタビューが実現しました。 穏やかなシスターの声を聞いているだけでとても気分が安らぎ、肩の力が抜けた気がしました。一番共感したのは、「つらさは恵み」というお話です。人生はずっと100%上手くいくことはなく、毎日絶好調の人はいません。気分の浮き沈みがあっても、悲しい出来事があっても、それをどのように捉えるかによって、その後の人生の歩み方が変わっていく、と僕は実感しています。 インタビューを通して、感謝の気持ちを常に持ち、今ある幸せに目を向けて「動く」ためのエネルギーを、鈴木さんからいただきました。「自分の心の中に創った幸せを身近な人に贈る」という思いを新たに、行動していきます。

『私の哲学』編集長 DKスギヤマ

2019年5月 聖心女子大学にて ライター:楠田尚美 撮影:宮澤正明