インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第39回 横川 正紀 氏

日本における、食のセレクトショップという新しいスタイルを確立したDEAN & DELUCA JAPANの代表であり、くらしに関わる様々なブランドや事業を展開している株式会社WELCOMEの代表、横川正紀氏。27歳のときから経営者として歩んできた氏に、WELCOMEグループへの想いと、今後について伺いました。

Profile

39回 横川 正紀(よこかわ まさき)

WELCOMEグループ代表
1972年東京都生まれ。京都精華大学美術学部建築学科卒業。インテリアショップ「Pier 1 imports」を経て、2000年に株式会社GEORGE’S FURNITUREを設立する。ファミリーをターゲットとしたインテリアショップ「GEORGE’S」に続き、2001年、ライフエディトリアルストア「CIBONE」をオープン。2003年、「DEAN & DELUCA」の日本での展開を手掛ける。2010年、株式会社GEORGE’S FURNITUREから株式会社WELCOMEに社名変更。2012年にライフスタイルショップ「TODAY’S SPECIAL」をオープン。2015年、株式会社WELCOMEと株式会社DEAN & DELUCA JAPANを “WELCOMEグループ”として統合。食とデザインの感性を軸にくらしの提案の場を広げている。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2016年1月)のものです。

ゴールの先に何を残すか

創業してから15年を迎えた昨年9月、“VISION2021”というプロジェクトを掲げ、いくつかある会社をWELCOMEグループとして一つにし、新たにスタートしました。今までは、自分たちのミッションに一生懸命取り組んでいましたが、今度は社内だけでなく、プロジェクトに必要な社外の人ともつながり、フィールドを広げていくフェーズに入りました。資本や組織の枠を越えて力を合わせると、既存の概念にとらわれずにいい成長ができると思います。僕らは常にopenness。その発想をベースに活動しています。WELCOMEグループは、食とデザインという2つの軸を持って感性で人やモノとつながり、美しく豊かな暮らしのための提案をビジネスの基本としています。食を中心に育ってきたDEAN & DELUCAと、デザインを中心に育ってきたライフスタイルショップのGEORGE’SやCIBONE。この2つのブランドの経験を生かして生まれたTODAY’S SPECIALのように、これからも新しい業態の開発や、ライセンスビジネスを手掛けていくと思います。フードリテーラーであるDEAN & DELUCAでは、外食展開もしていきたいと考えています。ただ、フィールドを広げ過ぎても良くないので、まずはVISION2021。2021年までは食とデザインの2軸でいこうと考えています。

経営は一人で行っているものではなく、人と共有しているものです。だから、長く持続させることがとても大事だと思っています。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催が決まり、追い風が吹いてそれなりに経済は伸びていくでしょう。VISION2021としたのは、2020年のその先に残るものを考える。そこにつながるための5年間と考えたからです。目標の先に何を残すかという発想で進んでいかないと、絶対にいいものはできません。ゴールは終わりではなく、次につながっていくもの。ゴールというよりは、マイルストーンとして考えた方がいいかもしれませんね。瞬間的な幸せよりも、どれだけ長く幸せでいられるかを考えるのと同じことだと思います。

震災後に変化した空気

2011年の東日本大震災の後、僕たちは必要ないかもしれないという冷たい空気が流れた時期がありました。世界や日本のモノづくり、デザインをしっかり伝えていくというコンセプトで展開していたCIBONEは、日常でも使ってほしいけれど、ハレのときに使ってもらうことが多いライフスタイルショップでした。青山の他にもう一軒お店があった場所が、コンサバティブで生活感がある街、東京の自由が丘。そこで付加価値的なデザインを提案しても、あの時のお客様には求められていない感じがして。震災後は本当に来店されるお客様がいなくなり、一瞬にして空気が変わってしまいました。そして、復興と共に誰もが自分たちにできることを大事にしようとしていたあの頃、自然と「自分たちにできることを大切にする」、「自分たちのくらしに丁寧に向かい合いたい」。そんな想いが強まり、“くらしのDIY”をコンセプトにした新しいプロジェクトが生まれました。

新しい資金を投じるようなタイミングではなかったので、お店のメンバーや、この考えに共感してくれたデザイナーたちと一緒にCIBONEを解体して、手弁当でお店を作りました。大量生産にはない丁寧につくられた商品を集めて、市場のようなお店を作りました。それが、今のTODAY’S SPECIALの始まりです。レストランのお品書きのように、今日の特別をお出しする。毎日同じものの提供を約束するのではなく、今日あるものを大事にする。世の中の人と自分たちが感じていることを素直に行動に移してみたら、多くの共感を得て、おかげさまで多くのお客様にご来店いただけるブランドになりました。苦しいときこそ仲間と共感できる感性を信じて、今あるものをリセットして新しいことを始めてみる。資金が用意できたらとか、採算が見えたらといった確実性を求めてから行動するのではなく、信じられる仲間と感性がつながったら、確実な保証がなくても自分たちが信じるものを形にする。そうしてやり抜いた先に成功があることを、あの経験で改めて学びました。

感性でつながり、成長していく

新入社員の研修では必ず、“感性の共鳴”という話をします。初めは何のことかとみんな不思議そうな顔をするのですが、TODAY’S SPECIALが好き、DEAN & DELUCAで嬉しい体験をしたといった感じたものがあったからこの会社に入って来たはずです。その感じたことが、つながっているということ。気持ちが通じ合うということなんです。人間には、感度、感性というある種の物差しみたいなものがあります。その物差しを信じて、普段からお互いの感性を確かめ合っていれば、一つのものが形作られていく。僕たちの会社がしていることはそれだけです。ブランドごとにスタイルや感性が近い者同士が集まっているから、ブランドとしての個性が立っています。社員がブランドから飛び出していくことがあるとすれば、それは成長して、新たなチャレンジをするとき。そのチャレンジもグループ内で始められるくらしの受け皿でありたいですね。

電子レンジよりもオーブン

僕は、会社をファミリーのように考えています。それぞれのブランドで会社を別にし、オーナーとして個別に関わる方がシンプルで成長しやすいのではというアドバイスをくれた人もいました。でも、そういうことではなく、人と人がつながる豊かさを大事にしたかったのでグループを作りました。だから、いい意味で社員と公私を深められるようなチームにしたいと思っています。父からもらった話に、「電子レンジよりもオーブン」というのがあります。電子レンジで温めたものはなぜかすぐに冷めてしまうけれど、オーブンでじっくりと温めた料理はなかなか冷めないし、冷めてしまっても美味しい。ビジネスも人間関係も、結局そういうことなのではないでしょうか。時間はかかっても、社員と社員の家族とつながれるようなファミリーをつくっていきたいですね。

DEAN & DELUCAを始めたのは29歳のときでした。相当乱暴な部分もあったと思いますが、自分が信頼できる人からの紹介だったので、できる、できないの判断をまったくしないまま、その時の出会いを信じて飛び込んで行きました。そんな僕たちを守ってくれたり、サポートしてくれたりした人たちがいたことに心から感謝しています。その人たちには、絶対に恩返しをしていきます。その他でも様々な人との出会いがつながって、今日まで成長してきました。これからも多くの人に出会い、新しい魅力をつなげていくブランドづくりやまちづくりなどを、国内に限らず海外でも展開していきたいと思っています。

杉山さんにはじめてお会いしたのは昨年の秋だったかと思います。まだお会いして半年も経っていないのに、ずっと昔から知っているような親近感を感じるのは、彼のエネルギーとバイタリティーのせいでしょうか。人は一人では大したことが出来なくても、信頼しつながり合うことで、想像を超えるコトが起こせるもの。彼のエネルギーにはそんなつながりを無限大にひろげていけるような不思議な力を感じました。2020年に向けてさらに変化の速度を増していくだろう世の中だからこそ、こういった人と人とのつながりを大切にしていくべきだと、改めて感じられるうれしい時間になりました。

WELCOMEグループ代表 横川 正紀

 

僕はDEAN & DELUCAが好きで、よく買い物に行きます。バイヤーが吟味した、選ばれた商品だけが店頭に並んでいる食のセレクトショップは、見ているだけでもワクワクします。会社の社会に対する態度が、社名に凝縮されている「WELCOMEグループ」。認め合える価値観や仲間意識は、組織内の信頼関係を強くし、その信頼関係は自然と社外にもつながっていくということが、店舗からも感じられます。
インタビューの中に出てきた、電子レンジとオーブンのお話。「電子レンジで温めたものはなぜかすぐ冷めてしまうが、オーブンで温めたものはなかなか冷めない。オーブンで時間をかけて温めたものは心底美味しいし、また冷めても美味しい。ビジネスも人間性も温まるのには時間がかかるが、一回温まれば“こっちのもの”だ」。教育や研修、行動の繰り返しも、オーブンでしっかりと温めないと効果は出ませんね。電子レンジ的な時短教育は、さほど続かないということです。
横川さんはbelieve in yourselfの意識がとても強く、僕と同じ感覚をお持ちだと感じました。経営者として先輩の横川さんのアドバイスをもとに、僕もオーブン仕立ての教育や研修など、そつなく作業をしない組織を作っていきたいと思います。
「私の哲学」も39回目になりました。インタビューシリーズとして、やっと温まってきた気がします。これからも様々な分野の方にご登場いただく予定です。40回目以降もお楽しみに!

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2016年1月 DEAN & DELUCA 六本木にて  編集:楠田尚美  撮影:Sebastian Taguchi