私の哲学Presents
河端直道の哲学

経営者の息子に生まれ、学生時代ボート選手として活躍していた青年は、あるとき家族の危機に直面する。 一家離散を経験した後に手にした天職で、河端直道氏が目指すのは家族の幸せそのものだ。

Profile

河端 直道(かわばた なおみち)

1971年東京都生まれ神奈川県育ち。4人兄弟共に慶應義塾幼稚舎からの慶應一家の長男。1995年慶應義塾大学商学部卒業。同年総合食品メーカーに入社、5年後に独立。株式会社美天 代表取締役に就任。経営者として7年経営した後、実弟に譲渡し、大手コンビニエンスストアで全国自治体責任者となり日本全国の県庁等を飛び回る日々を送る。
その後、2011年にプルデンシャル生命保険に入社、両親が事業承継時に借金約10億の債務を負った際、代わって大半を返済するも相続時、家族全員が相続放棄経験をした自身の経験から、相続対策の専門家を志し、主に企業経営者の事業承継及び相続対策の専門家として法人のコンサルティング、また個人顧客の相続対策に日々活動している。法人営業のプロフェッショナル。5年連続MDRTメンバー。2017年TOT基準達成。仕事の最後に来るものは社会貢献活動と心に決めている。

言葉の力に導かれ

幼少期から運動が好きで、高校、大学と体育会ボート部に在籍していました。きっかけは単純で、イギリスのテムズ川で行われていた正装をした紳士淑女が見届ける試合の写真と先輩の一言。「ボートはあらゆるスポーツの中で、最も紳士的なスポーツだよ。ボートをやったらお前も紳士になれるぞ」って(笑)。品格のある人間でいたいっていう気持ちがどこかにあったのだと思います。人の言葉というのは人を導くきっかけになるのだと実感した最初の出来事でもありました。

高校ではインターハイ、大学時代は早慶戦に毎年出場し、「ボートを極めたい」という思いが強くなりました。もちろん、レースで優勝を目指すことも大切ですが、それよりも、ボートを極限まで走らせることを極めたいと思ったのです。大学4年生のインターカレッジの練習時に、全員の呼吸がピタリと合い、オールのすべてが1ミリも違わずにビシっと水に入って、1ミリも違わずに完璧に抜けたことがありました。その瞬間の聞いたことのない水音、感じたことのないスピードとそれらを体感した全員が感動して号泣。まさにボートを極めた奇跡の瞬間でした。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という言葉をまさに実感した出来事でしたね。

もともと、好きなことにはのめり込んでしまうタイプなんです。それ以外のことは見えなくなってしまうくらい。だから僕は、あの時感じたチームの息が合ったときに起きる美しい奇跡や、物事の全てがピタリとはまった時のように、物事を極めた時の気持ち良さを、その後の人生でも追いかけているのかもしれません。

自分はどう生きるのか

飛行機のパイロットを目指したのですが、試験に受からず、改めて「自分は何が好きなんだろう」と考えました。その際食べることが好きで、レストラン経営など飲食業の仕事をしてみたかったことを思い出したのです。そして、総合食品会社に就職が決まったのですが、就職活動中のある日の家族会議で「うちには10億円の借金がある」と聞かされて目の前が真っ暗になりました。家族が経営する資産管理会社の事業失敗が原因です。父は以前、半導体部品の会社を経営していたのですが、その際に保有していた株がバブル崩壊後に紙切れ同然になり、担保の不動産も全て銀行に取り上げられました。

そこからは借金との戦いでした。給与の中から借金を少しずつ返済していたのですが、「莫大な借金を返済するためには、会社を興すしかない」と、総合食品会社を退職して食品輸入会社をつくったのです。ビジネスの感があったのか、大当たりして借金の9割方を返済しました。全額返済し終わる前に父が亡くなり、相続放棄をして返済の必要がなくなりました。プライベートでは離婚も経験し、人生を白紙に戻すことになったのです。そこで目的をなくして一時は真っ白な状態になりました。

人は必死に頑張っているとき、何かの役割を持って目的に向かっていますが、それを失ったときこそ真価を問われる。自分は何のために生きているのか、どう生きるのか、何がしたいのか。人生で紆余曲折した後、そこに立ち返ることで見えてくるものこそ、自分がこの世界にいる意味なのかもしれません。

家族を幸せにすることこそが最大の志命

「次は何をしよう」。偶然の出会いなどもあって大手コンビニエンスストア本部に7年間勤務した後、自身の過去の経験から、相続と事業継承のプロフェッショナルを目指して現在の会社に入りました。保険は、経済的な安心を提供するのはもちろんですが「相続時にそのご家族一人一人に、どのように保険金が入ればいいのか」。相続が争族にならないように、将来必ずそのご家族が幸せでいられるようにアドバイスをする、それこそが僕らの最大の仕事です。自分自身が相続に際して、苦労した経験のある僕だからできる仕事だと思っています。

「生きている限りは、お客様の人生を見守り続けるべき」。それが今の僕のポリシーです。実際にクライアントのご家族が遺産でもめることなく新たな人生を迎える準備ができたとき、「ありがとう」。の言葉をいただいたとき、心がホッとします。幸せなご家族の数が増えること。それは、過去の自分にできなかったことを「今」実現しているのだと思います。

再婚し、娘が生まれたことを機に鎌倉に居を移しました。もともと、海と山のある場所で子供を育てることが理想でしたし、何より自分自身がこの暮らしをこよなく愛しています。自然との関わりを持つことによって、人間関係を俯瞰してみる力が増すように思います。人ももともとは自然の産物。お金や企業に携わっているからこそ、自然には触れていたいと思います。現在の夢は、社会貢献活動をすることと、50代になったときに鎌倉の山と海が見渡せる場所にワインバーをオープンすることです。

今振り返ってみると、人生で得た経験は、どの時点での体験も想いもすべて今につながっていると思います。嬉しいことも、悲しいことも、一見無意味に思えることも、すべてに意味があるんです。ボート選手として紳士的でありたい。家族が幸せになるために邁進したい。それらの想いの全てを社会や現在に還元しながら今を生きていくことこそ、人生の醍醐味なのだと思います。

Message

人生を見守る

私たちには、人生という短いようで長い時間の中でいろいろなことが起こります。その、それぞれの場面において、お一人お一人のお気持ちに寄り添い、その方々の人生を見守り応援し続けたい。時には厳しいことをお伝えするかもしれません。どんな時でも、皆様の支えとなる存在でありたい。それが、私の目指すところです。生命保険を活用し、また状況によって多角的なコンサルティングをすることは、一生涯の仕事として臨んでゆく価値のある素晴らしいことだと思っています。ご家族の皆様が常に笑顔で、幸せに過ごされることを心から願っております。

プロフェッショナル・ライフ・コンサルタント
河端 直道

妻と娘の3人家族。娘の誕生を機に鎌倉に移住。山と海に囲まれた自然豊かな暮らしを心から愛する生活を送っている。夢は、社会貢献活動と、50代になったとき、鎌倉の山と海が見えるワインバーをオープンすること。

企画・制作・編集:『私の哲学』編集部 インタビュアー:杉山大輔 撮影:稲垣茜