スポーツを通じて、チームプレイとトレーニングの大切さを学んだ佐藤優。さまざまなキーマンとの出会いによって人生を切り開いてきた彼は、日々学び、今なお成長し続けている。
Profile
佐藤 優(さとう ゆう)
セールス・イノベーション株式会社 代表取締役 | 営業コンサルタント
1983年、群馬県生まれ。立教大学卒業後、NTT東日本に入社。警察庁、消防庁など官公庁向けのSI営業として、社長賞など数々の賞を受賞。2013年11月、日本イーライリリー株式会社へ転職。未経験ながらも入社後数ヶ月でトップセールスマンに。2016年1月、営業コンサルタントとして独立し、外資系生保をはじめ、クライアント企業の売り上げを短期間で劇的に伸ばしてきた。また現在では、1人でも多くのトップセールスマンを育成するため「セールス道場」を開催している。
プロ野球選手を目指した幼少期
小さい頃からスポーツが大好きな少年でした。小学校1年生から始めた野球は、体が大きいこともあって2学年上のチームでレギュラーに選ばれ、「プロ野球選手になるのが当たり前」と本気で思っていました。
中学に入ってからは自分より足が速く、上手い選手が何人もいて衝撃を受け、どうすればこの選手たちより上手くなれるかを考え、ひたすらトレーニングと練習に打ち込みました。
プロ野球選手になる夢は叶いませんでしたが、高校卒業まで野球人生を全うし、大学と社会人ではアメリカンフットボールという新たなフィールドでチャレンジしました。
スポーツを通じて得た、「一歩前進するためにひたすら努力する」という信念は、ビジネスでも間違いなく役立っています。
営業の基礎となったアメフトの戦略的思考×泥臭い精神論
戦力的に劣るチームが、戦略とゲームのモメンタム(流れ)を引き寄せることで格上のチームに勝つことができる、これがアメフトの最大の魅力だと思います。大学4年生のとき、当時格上だった中央大学に勝つために相手チームのデータを分析し、ハマれば僅差で勝利、外せば大敗覚悟のゲームプランを作成し、結果1点差で勝つことができました。選手だけでなく、コーチやマネージャー、スタッフ全員が一つになり、最高のチームになったと感じた瞬間でした。
この、チーム内のリソースをフル活用して、最終的に1点でも相手チームより多く点数を獲得するという視点、そして何よりも勝利への執念という泥臭い精神論が後の営業活動、営業チーム作りの基礎となっています。
営業の原点となった
新入社員時代の飛び込み営業
大学卒業後、NTT東日本に入社。マンション1部屋、1部屋を訪ね、インターネット回線を売るという「飛び込み営業研修」では、最初全く売れませんでしたが、担当エリアの在宅率が高い時間帯や、インターホン越しのトーク、ドアを開けてもらった後のトークなど、毎晩夜中まで研究しました。
その甲斐あって、1ヶ月間の飛び込み営業成績は同期でトップに。12年以上前のことですが、初めて契約していただいた方のことは鮮明に覚えています。これが私の営業マン人生の第一歩でした。
トップセールスマンに学ぶ
警察庁や消防庁向けシステムの営業だったときの上司“トップセールスマン”に出会ったことが、その後の人生に大きく影響しています。とてもロジカルで、常に冷静と情熱の間、お客様との信頼関係の構築や社内チームのマネジメントが上手く、困難な壁にぶつかっても絶対に逃げない強いメンタリティを持っている方でした。
入札の2、3日前にシステムの仕様が提案内容に合わないことが判明し、改善は間に合わないと誰もが思う中、「絶対どこかに糸口があるはずだ」と決して諦めず、毎日徹夜で問題を解決して億単位の案件を受注したり、社内外からとても信頼されていました。
その方の「NTTでしか生きていけないような人間になるな。どこの業界に行っても引っ張りだこになるような人間になれ」という言葉にも、大きな影響を受けました。
「できない自分」を受け入れられなかった
入社して6年くらい経ったとき、出世の登竜門と言われる秘書室に転属になりました。ここでは毎朝7時過ぎに出社して、主要6紙をすべてコピーするところからスタートします。エクセルでタクシーチケットの管理表を作ったり、請求書の支払い手続きなどを夜中まで延々としているような部署でした。30歳にもなって、バックオフィス系の業務が上手くできない自分と葛藤していたら、1カ月ほどで精神的に参ってしまいました。
人事に無理を言って、営業に戻るという選択肢もありましたが、一度出た部署に戻ることに抵抗があり、結局退職しました。今考えるとくだらないプライドですね。また、自分がどれほど営業が好きかを改めて感じた出来事でもありました。
ビジネスマンとしてのセカンドステージ
NTT東日本を退職後、日本イーライリリーという外資系の製薬会社に転職しました。製薬会社のMR(営業)という仕事は、一般的にキツいイメージがありますが、私は競合が強い病院でいかに自社のシェアを伸ばせるか、毎晩戦略を考えるのが楽しかったです。もはや趣味の域ですね(笑)。「この疾患、この症状には自社の薬が間違いなくNO.1」と自信を持って言える製品があったことも幸いしました。
入社して2年目に、県内でも一番自社製品が弱いエリアを任され、ドクターだけでなく、看護師、薬剤師、事務長、事務スタッフなど、病院全体を自社製品のファンになるよう営業活動した結果、シェア1:9だったのが、半年後に5:5、1年後には完全に逆転し9:1にまでなりました。この経験は、「業界が変わっても営業としてやっていける」という自信になりました。
MRに転職して丸2年が過ぎる頃、コーチやコンサルタントを育成する、とあるセミナーに参加しました。このセミナーはかなりスパルタで(笑)、脱落者が結構出るんですが、その分とてつもない実力が身に付くものでした。ここで出会った白石さんが、私をコンサルタントという天職に導いてくれたメンターです。今でも一緒に仕事をしたり、ゴルフに行ったり、公私ともに良い関係を築いています。
クライアントから学んだ
「本気」
2016年1月に営業コンサルタントとして独立後、ほどなくしてある生命保険会社のマネージャーから、「採用した新人と、伸び悩んでいるベテラン営業マンの育成を手伝ってほしい」という依頼がありました。そこには、素直に大量行動するが全く売れない新人と、ポテンシャルは高いが言い訳を並べて行動しないベテラン営業マンがいました。
初めてそのクライアントを訪問した際、「チームとしての一体感」が全く感じられなかったので、新人とベテランが社内で互いに問題解決のサポートし合う仕組みをマネージャーと共に構築。トレーニングで個の力を伸ばしつつ、チームとして最大限の力が発揮されるコンサルティングを実施しました。
結果は大成功。特にベテラン営業マンは自身の行動量が圧倒的に増えただけでなく、チーム全体にも良い影響を与え、前年度の社内表彰者が1名だった営業所は8名が表彰され、売り上げは倍増しました。この新人営業マンとベテラン営業マンの「本気」に心を動かされ、私自身この仕事をやって良かったと初めて実感できた体験でした。
セールス道場にかける思い
この仕事をしていると、経営者の方から、新人が育つ教育の仕組みがない、トップセールスマン(または社長)に売り上げが依存している、自分は売れるが人に教えられない、などの悩みをよく聞きます。
そんな中、研修やコンサルティングを行う際に「個別で面倒を見てほしい営業マンがいる」「自分自身(社長)が営業の勉強や棚卸しをしたい」というリクエストを多数いただき、作ったのが「セールス道場」です。
コンセプトは『厳しい鍛錬と、圧倒的な成長』。私自身が一番こだわっている「心・技・体」全てにおいて、高いレベルの営業マンであること。そして、そのレベルを成長させることにストイックに努力を積み重ねること。そんな営業マンが世の中に増えたら、と考えるとすごくワクワクしますね!
2019年4月 撮影場所:フィリップ・ミル 東京 – ひらまつレストラン
企画・制作・編集:『私の哲学』編集部
インタビュアー:杉山大輔
ライター:楠田尚美 撮影:稲垣茜