インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第10回 土井 香苗 氏

人権弁護士として、国際NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の日本代表を務める土井香苗氏に、ヒューマン・ライツ・ウォッチの活動にかける思い、日本社会に求めることなどについてお話を伺いました。

Profile

10回 土井 香苗(どい かなえ)

国際NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」日本代表 | 弁護士
東京大学法学部在学中の1996年、当時最年少で司法試験に合格。大学4年生の時、NGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りの手伝いをする。2000年、弁護士登録。普段の業務の傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のロビーイング、キャンペーン活動に関わる。2007年、アメリカ・ニューヨーク州の弁護士資格を取得。2006年、国際NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」ニューヨーク本部のフェローとなり、2007年日本駐在員に、2008年9月から日本代表を務める。近著は『巻き込む力 すべての人の尊厳が守られる世界に向けて』(小学館)。

※肩書などは、インタビュー実施当時(2011年11月)のものです。

感情に突き動かされる

中学3年生のとき、国語の授業で犬飼道子さんの著書『人間の大地』が使われました。『人間の大地』は、1979年以降に犬飼さんがアジアやアフリカの難民キャンプを訪問し、その実情や背景を語ったルポルタージュです。これを読んだとき、体に電撃が走るような感覚を覚え、授業が終わるとすぐに図書館へ行き、続編の『乾く大地』も一緒に借りて一気に読みました。アジアやアフリカでは、紛争などによってごく普通の人々が悲惨な目に遭っている実情に驚き、世の中の不正義に対する怒りに打ち震えました。それから、世界中の飢餓問題、難民問題、南北問題について考え、世界で苦しんでいる人を助ける仕事がしたいと強く思うようになったのです。

私の性格だと思いますが、今でも、人が理不尽な扱いをされているのを見ると腹が立ってしまい、どうにかしなくてはと、いてもたってもいられなくなります。弁護士資格をはく奪されたり脅迫を受けたりしながらも、迫害されている人の代理を続け、決してあきらめない勇気のある人たちには、素直に感動し尊敬します。こうした私の中にわき上がる感情が、人権問題に取り組む原動力になっているかも知れません。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの活動

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下HRW)のミッションは、今起きている人権侵害を止めることです。世界の人権侵害について情報収集し、その情報を元に人権尊重を求める世界的世論を作っています。政府に対する外交政策を提言するシンクタンク機能も併せ持ち、人権侵害をなくすために政府を動かし、世界の不幸の根を絶つために活動しています。

個人的に力を入れていることのひとつに、中国の人権弁護士の支援があります。私は自分で”日本の人権弁護士”と思って活動していますが、中国をはじめ、他の国では私のようにのんきにはしていられません。みんな命がけで活動していて、中には投獄されている人や、ひどい嫌がらせを受けている人、弁護士資格をはく奪されてしまった人もいます。それでも他人の人権を守るために、体を張っている人が世界中にいます。特に中国の人権弁護士の方々は、私が直接知っている人たちでもあり、彼ら/彼女らがきちんと活躍できるようにすることは、中国の人権問題を解決するために大切なことです。

経済発展と人権の問題

中国ではご承知の通り経済成長著しく、格差の拡大が問題になっています。よく、貧しい状況では人権などと言っている場合ではないのではないか。パンが食べられてこその人権ではないか、と質問されることがあります。つまり、経済成長すれば、自然と人権は保証されていくということですが、中国はその反証になっている国のひとつです。例えば、薬害エイズの問題。日本ではその問題を解明しようとした多数の弁護士が政府に対して訴訟をおこし、世論をうごかし、その後菅直人さんは当時ヒーローになりましたが、中国では薬害エイズ問題などの社会問題を提起した弁護士が資格をはく奪されるなどの報復をうけています。本来、社会問題は自由に解決できるべきで、国がそれを阻害してはなりません。しかし、中国政府は阻害し続けています。何万人もの人による検閲が行われ、facebookもtwitterも見ることができません。

人権侵害は、経済的に豊かになれば減っていくものではなく、豊かになることと基本的な人権を尊重することは、片方が良くなればもう一方も良くなるという相関関係が生じるものではないと思っています。人権は基本的に、国家に対する国民一人ひとりの権利です。手にした権力を守りたいと本能的に思い、自分の権力を守るためなら人権を抑圧しても構わないという考えは、経済的に発展してもあり続けているのが現状です。ですから、経済発展と人権の尊重は一緒に考えていかなければならないと感じています。

寄付は共感を表した行動

HRWの大きな特徴は、政府資金を一切受け取らず、個人や私設財団の寄付などで運営されていることです。本部のあるニューヨークでは、寄付を集めるためのチャリティー・ディナーを毎年開いています。寄付を含めた金額でテーブル席のチケットを売るのですが、アメリカではこうした資金調達目的のパーティーが日常的に行われ、寄付をする行為が社会に根付いています。日本ではまだ一般的でなく、寄付も多くが匿名で行われています。東日本大震災後に孫正義さんが寄付を公表したとき、私は金額はもちろん実名で寄付したことも重要だと思ったのですが、一部には売名行為のようにとられてしまいました。例えば、孫さんがHRWに寄付をすると、それはこちらにとって資金が調達できたという良さだけではありません。彼の友人・知人に対するメッセージにもなり、そこから共感した人が行動に移し、支援の輪が広がっていきます。

寄付は”共感”を表した行動です。もちろん寄付でなくても、「○○の活動を応援しています」とtwitterに投稿するだけでもいいでしょう。周囲の人たちに、「自分がサポートしている団体はこれです」と言ってもらうことは、NGOにとって大きな応援メッセージになります。そうした一人ひとりの行動が世論や国を動かし、問題解決につながるのです。共感したら行動に移してほしい。近い将来、日本の寄付に対するイメージが変わり、実名で堂々とできる社会になることを願っています。

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すでに様々なメディアにご登場なさっている方なので、今回はこれまでと違う角度からインタビューさせていただきました。土井さんのお話を伺いながら、私自身もさらに頑張ろうと心に決めました。日本の寄付に対する意識が変われば、より開かれた社会になり、世界における日本の立場が変わると思います。以前から興味を持っていたHRWの活動には、株式会社インターリテラシー、杉山大輔個人としても応援を続けていきます。土井さんの著書『巻き込む力』(小学館)を是非ご一読ください。

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2011年11月ヒューマン・ライツ・ウォッチ アジア局にて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝