インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第24回 佐渡島 庸平 氏

人気漫画の編集をしていた出版社を辞め、自ら立ち上げた会社で、日本にクリエイターエージェント業を根付かせようとしている佐渡島庸平氏。編集者から経営者へと立場を変えた氏に、自身の経営観などについて語っていただきました。

Profile

24回 佐渡島 庸平(さどしま ようへい)

株式会社コルク 代表取締役社長
1979年生まれ。中学時代は南アフリカ共和国で過ごす。灘高校から東京大学文学部に進学し、大学卒業後の2002年、講談社に入社。週刊モーニング編集部で、井上雄彦『バガボンド』、三田紀房『ドラゴン桜』、安野モヨコ『働きマン』などの担当を務める。また、小山宙哉『宇宙兄弟』は累計1,600万部を超えるメガヒット作品に育て上げ、TVアニメ、映画実写化を実現。漫画以外にも、伊坂幸太郎『モダンタイムス』、平野啓一郎『空白を満たしなさい』など、小説の連載も担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、株式会社コルクを立ち上げる。

※肩書などは、インタビュー実施当時(2013年12月)のものです。

経営者と編集者は似ている

会社を立ち上げてから1年経って、考え方が大きく変わりました。講談社を辞めたとき、一生編集者でありたいと思っていたんです。僕の本質は編集者であって、経営者は仮の姿だと。でも今、「あなたは何者ですか?」と聞かれたら、「経営者です」と答えます。それは、経営者として自分を磨いていきたいからです。では、経営って何だという話になりますが、その前にまず編集は何かという話をさせてください。編集者の仕事には、重要な側面が2つあります。

1つは、作家の頭の中にある世界が世の中に伝わりやすい順番を、作家と一緒に考えることです。最近、編集とは情報の順番工学という言い方をしているのですが、情報はどのような順番で伝えるかによって、伝わり方が変わります。一般的に事実に価値があると思われていますが、事実だけにはあまり価値はなくて、どう伝わるかが重要なのに、その点がいい加減にされています。どういう順番で情報を出すと世間が受け入れやすくなるのか、多くの人が買うのか。PRは、情報の出し方の順番をコントロールすることだと思います。

もう1つは、才能を見抜いて投資すること。投資は、まだ世間が評価していないものを、自分の責任で支えることです。金融機関の投資は金銭面ですが、編集者の投資は労働力と時間です。編集者の投資とは、新人を支えることであり、経営においては、社員という人材や会社のお金を投資して決断することでしょう。最近、多くの経営者の方と会うようになり、良い経営者とはどういうことなのか見ていると、経営者は編集者が持っている技能をより精鋭化させたというか、その延長線上にあると思いました。つまり、良い編集者は良い経営者に、良い経営者は良い編集者になり得る。僕は良い経営者になって、会社を成長させる順番を考え、正しく投資することで、”コルク”という会社を大きくしていかなきゃいけないんだと思うようになりました。

良い経営者になることは、編集者ではなくなることを意味しないと思うようになったので、何者かと聞かれたら、経営者だと答えられるようなりました。

ビジネスに求められるスピード

ビジネスにおいてスピードは必要です。日本の会社は減点主義なので、企画を練って、練って、練って成功させないとならない。でも、何度練っても成功しません。今は時代の変化がとても早く、練っているうちに時代が変わってしまうから。例えば、日本で『宇宙兄弟』を1回も読んでいない人に勧めるとき、映画の主演は小栗旬で、岡田将生も出ていて、主題歌はColdplayで、アニメもやっている。知らないの?読みたくない?と言うと、じゃあ読んでみようかとなります。これをアメリカに持って行って説明しようと試みると、その前提条件はまったく通じなくて、アメリカ人が思っている子ども用の漫画とは違う、というところから説明しなければならず、売れるまでに時間がかかることがわかります。これは、日本にいて机の上で事業計画を練っていてはわからないことです。

頭の中だけでわかることって少なくて、実際にやってみて初めてわかることがたくさんあります。つまり、目指すゴールへ行くためには、どの道を使っても構わない。いろいろな道を試した方がいいし、引き返してもいい。しかし、そこにはスピードが必要です。スピードを重視していると、作業の1つが雑になることもあるかもしれませんが、それは道の途中であり、ゴールへの道筋だったら間違っても軌道修正すればいいだけです。ゴールを目指して仕事していく上で、スピードによって損なわれるものがあるとは思いません。

新しい波を起こす経営者に

インターネットができたとき、それを現実世界に置き換えると、道ができたような感じだったと思います。道ができて車が走り始めたら渋滞してしまった。それでYahoo!がカテゴリー検索を、道で言う信号を作りました。信号はできたけれど、また渋滞が起きてしまった。そこにGoogleが現れて、検索でどこへでも行けるようになり、高速道路が作られたようなものです。ネット空間で検索ができるだけの状態をリアルの地図で考えると、単に高速道路があって、何となく人が溜まる場所だけがある状態。そこに、新宿駅や成田空港のような人が集まる良い場所を作ったのが、TwitterでありFacebookです。そして、それらを拠点にいろいろなビジネスが行われるようになりました。ネット上で行われているAmazonや楽天のようなビジネスは、リアルのネット空間への置き換えです。リアルの置き換えではない、ネットならではのサービスはまだ始まっていないと僕は考えています。ディズニーランドが生まれて、はじめて本当のテーマパークというものが出現しました。それと同じように、ネット上で、ディズニーランドのような画期的なエンターテインメントのための場所ができてもおかしくないと僕は予想しています。Youtubeをエンターテインメントだと言う人がいるかもしれませんが、これはテレビを置き換えて便利にしただけです。Kindleも本を便利にしただけ。ディズニーはテーマパークという形で面白さの可能性を広げましたが、インターネット上で面白さの可能性を本当に広げた人は世界中でまだゼロなんです。

その面白いものを”コルク”のクリエイターが作り、そこからディズニーランド的なものがインターネット上に生まれる可能性は十分あります。日本のベンチャー企業がFacebookのように世界的な影響力を持つことは可能で、”コルク”でそれを実現したいと思っています。そのために必要なことは、僕がどれだけ真っさらな目で今の世の中を見られるかです。

僕の学歴に価値を見いだしてくれる人がいますが、僕自身はそこに価値があるとは思っていません。灘高から東大に行って講談社に入った人は少ないので、希少性があるとは思いますが、それだけだと思っています。過去の僕の決断は、社会が良いと言ったものを選んだだけであり、すべての決断を世間に委ねたということです。つまり僕の目は、世間の目で汚れてしまっていた。これを全部きれいに洗い流さないと、本当に良い経営はできない。世の中の流れを変えるような、新しいことは生み出せないと思っています。今、『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』の佐渡島と呼ばれることが多いですが、2年後、3年後もまだそう呼ばれていたら、これからの僕の努力が足りていないということであり、屈辱だと思わないといけないでしょうね。

好きな人と好きな仕事をする

インターネットによって社会は透明化されたと思います。それ以前は情報が不透明で、情報がある場所にいる既得権益を持った人たちが圧倒的なサラリーを得ていました。インターネットの世界では、実力がある人のところにお金やいろいろな物が集まり、そうでない人との差が何千倍、何万倍にもなっています。でも、その実力は透明です。例えば不動産。昔は、同じ部屋が違う家賃で貸し出されていたこともありました。今は簡単に検索できてしまうので、全部同じ値段で貸さなければなりません。このように情報が透明化され、不透明さがなくなった部分がいくつか生まれています。
しかし、不透明なままのところもあります。僕は、その不透明な部分がクリアになって、頑張った人間、実力のある人間が報われやすくなると、面白い社会になるんじゃないかという仮説を立てています。世の中をそういう流れに持っていきたい。その流れを起こすためには、120%の力を出す必要があります。心に曇りがあると120%の力は出せないけれど、好きな人と好きなことをやっているときは120%の力が出せる。だから、好きな人と好きな仕事をすることは重要で、僕が一番大切にしていることです。


多くの人は、杉山さんのことを、鈍感だと思うだろう。
でも、数時間、一緒にお酒を飲んでいると、彼はほんのちょっとだけ自分の弱さを垣間みせる。
その弱さを見ると、鈍感なわけではなく、鈍感なふりをしているだけだと気づく。
周りの人の機嫌ばかりをうかがって何もできないぐらいだったら、嫌われてもいいから行動したい。人生は短いのだから、自分がやりたいと思ったことをやったほうがいい。
そう覚悟を決めた人間だけが持ちえる鈍感さであり、生来は優しい、細やかな性格なのだろう。
ちょっとした杉山さんからの連絡で、「そこに気づいていたのか」と驚くことがある。
杉山さんは、行動する勇気は、持っているかもしれない。だが、行動してどこへ向かっていくのか、目的地はまだ見つけていないように思う。目的地を見つけてから旅に出る必要はない。旅に出てから、目的地を見つければいい。
杉山さんが、どんな目的地を見つけるのか、同い年の旅人として、僕は興味を持っている。

株式会社コルク 代表取締役社長

 

佐渡島さんとは、ある会合に参加するため訪れたシンガポールで、滞在していた18時間ずっと一緒に過ごしました。ビジネスから人生の話までとても盛り上がり、日本のビジネスがグローバル化しているのを肌で感じた時間でした。僕と同じ1979年生まれの彼と、話の中で仕事観や人生観で共鳴することが多く、「私の哲学」へのご登場を依頼しました。

インタビューでお聞きしたかったことは、エージェントとしてではなく、”社長”としての1年間がどうだったか。社長には社長の悩み、喜びがあります。それらを共有できる仲間が増えるのはとても心強いことです。佐渡島さんのような頭の切れる、聡明で理論的なチャレンジャーと出会えてとても嬉しく思っています。僕たちは40歳まであと6年。40歳の時、お互い成長して刺激し合える仲でいたいと感じました。

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2013年12月 株式会社コルクにて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝

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